洗濯機をやめた。引越しを機に。なんだか色々面倒くさくなってしまったからだ。だから大きな桶に水を張り、手であらって、手回し脱水機でしぼる。手間も力もかかり、腱鞘炎の右手首には憂鬱だろうと思う。地道に脱水機をグルグル回しても、なんだか噛み合わない時もあって全然うまく絞れないことがよくある。ボタボタ垂れ落ちるほどに水を含んだままの洗濯物を窓の外に吊るす。竹でできた物干し竿は重みでウンとたわむ。それでも風に吹かれた洗濯物はたなびいて、一日をかけて乾いていく。ちゃんと軽くなっていく。
「おそろしく効率の悪いことをしているんですね」と、以前旅の話を詳しく伝えた際に言われた言葉を思い出す。私は多分、おそろしく効率の悪いことに夢中になってしまうのだと思う。
この土地にはじめて来たとき、風が強く吹く温暖な気候があることを捉えた。岬が近い丘の上で一夜を過ごした。揺れる車の中で眠れない夜を楽しみ、朝日がのぼってきたことをよろこぶ。誰もいない快晴の丘の上で汗に濡れた衣類をバケツで洗濯して、脱水もほどほどに車のリア部分にハンガーを掛けて干す。その間にポケットコンロに火をつけ、インスタントラーメンを朝ごはんに作る。いつもより長くかかる沸騰時間は、出来上がりの歓喜の瞬間を増幅させる。食べ終わったら浜辺に降りて、貝殻や石を拾っては捨てる。時々膝まで海に浸かりに波打ち際へ近づく。軽く日焼けするまで遊んだら丘に戻る。洗濯物がいくつか乾いているのを確認する。
それがおそらく今の暮らしの態度の基本になっている。正しいことなんてどこにもない。
この土地にはじめて来たとき、風が強く吹く温暖な気候があることを捉えた。岬が近い丘の上で一夜を過ごした。揺れる車の中で眠れない夜を楽しみ、朝日がのぼってきたことをよろこぶ。誰もいない快晴の丘の上で汗に濡れた衣類をバケツで洗濯して、脱水もほどほどに車のリア部分にハンガーを掛けて干す。その間にポケットコンロに火をつけ、インスタントラーメンを朝ごはんに作る。いつもより長くかかる沸騰時間は、出来上がりの歓喜の瞬間を増幅させる。食べ終わったら浜辺に降りて、貝殻や石を拾っては捨てる。時々膝まで海に浸かりに波打ち際へ近づく。軽く日焼けするまで遊んだら丘に戻る。洗濯物がいくつか乾いているのを確認する。
それがおそらく今の暮らしの態度の基本になっている。正しいことなんてどこにもない。
自分のにおいってやっぱりこんな感じだよなあと、乾き切った服の匂いを嗅ぎながら畳む。体臭もフェロモンもすべて物質なのだという。なんなら思いも感情も物質だと。目に見えないと思っていることもすべて物質なら、とてもわかりやすい世界に私たちは存在している。そう思うと、少し生きやすくなるのかもしれない。
「みんなどうやって生きているのか、私にはわからない」と叫んだことがある。「消えたいと思っている人間が生きてたって良いだろうが」と。そこから私は今も生きている。もしかすると、生きることは思っているより難しくないのだろうか。そういう発想に一瞬でもなれたなら、私は幸福を感じられているのだろうか。
「みんなどうやって生きているのか、私にはわからない」と叫んだことがある。「消えたいと思っている人間が生きてたって良いだろうが」と。そこから私は今も生きている。もしかすると、生きることは思っているより難しくないのだろうか。そういう発想に一瞬でもなれたなら、私は幸福を感じられているのだろうか。
昔飼っていた犬が新しい毛布を噛んだりふりまわしたり体をこすりつけたりして、自分のにおいをたくさんつけてぐしゃぐしゃにして寝そべる景色を思い出す。洗剤の匂いはもう、強く香るものは使えなくなった。