こころの中にみえている細い光だけを頼りに歩く。きっと間違っていないはずなのに、歩いている自分にそれしか無いことに気づいてしまった時は、時間が極端に伸びる。夜までが遠くなって、明日が見えなくなる。ひとが一日の時刻を当たり前に受け入れ、家に帰ったり、夕飯の買い物をしたり、誰かに会いに行っている間、私には私以外が無いことを知る。今夜を無事に越せること、空腹を満たすこと、眠れる場所があるということ。暮らしていれば普通のことが、一瞬で揺らぎはじめる。
そんな時はどこにでもあるチェーン店に入ろうとする。きっと「どこにでもある」という普遍性が、自分の内で振れ続ける揺らぎを和らげてくれるのだ。まるでこの世にひとつしかないような「ほんとう」を求めていながら、丁度よく隙ができるとたちどころに現れる量産型のリピートに安らぎに似た何かを貰う。つくづくバランスは至る所に存在していて、時には異常すらも安定に利用されるのだろうと思う。
そんな時はどこにでもあるチェーン店に入ろうとする。きっと「どこにでもある」という普遍性が、自分の内で振れ続ける揺らぎを和らげてくれるのだ。まるでこの世にひとつしかないような「ほんとう」を求めていながら、丁度よく隙ができるとたちどころに現れる量産型のリピートに安らぎに似た何かを貰う。つくづくバランスは至る所に存在していて、時には異常すらも安定に利用されるのだろうと思う。